「夜8時までには寝かせなきゃ」
「野菜もバランスよく食べさせなきゃ」
「外ではきちんとお行儀よくさせなきゃ」
毎日一生懸命に子育てをしていると、つい「〜しなきゃ」「〜すべき」というルールに縛られてしまうことはありませんか?
その予定やルール通りにいかないと、焦って子どもをきつく叱ってしまい、夜、子どもの寝顔を見ながら「また怒りすぎちゃった…」と激しく落ち込んで泣きたくなる。
そんな経験は、決してあなただけではありません。

「私の器が小さいのかな」「もっと大らかなママになりたいのに」と自分を責めてしまいがちですが、そもそもそのルールの裏側にあるのは、お子さんへの深い「愛情」です。
お子さんに健やかに育ってほしいという願いがあるからこそ、一生懸命になっているのですよね。
でも、その一生懸命さが、ママ自身の心をすり減らしてしまっては元も子もありません。そんなふうに悩んだときに、心がフッと軽くなる仏教の教えがあります。
それは「執着(しゅうじゃく)」を手放す、という考え方です。 執着と聞くと、お金や物にズルズルと固執するようなイメージがあるかもしれませんが、仏教では「自分の持つ『理想』や『正しさ』に強くしがみつくこと」も執着だと捉えます。
「素晴らしい母親とはこうあるべき」
「子どもはこう育つべき」
という強い思い込み(執着)があり、目の前の現実のお子さんがその理想とずれてしまったときに、私たちの心には強いイライラや苦しみが生まれるのだと仏教では教えます。
たとえば、「作ったご飯は残さず食べるべき」という思い。
もちろん大切で正しいことですが、そこに強く執着しすぎると、せっかくの食卓が「監視と指導の戦場」になってしまいます。 そんなときは、少しだけその執着という名の「握りこぶし」を緩めてみませんか。
「ま、今日はお米だけでも食べたから倒れることはないか」
「今日は野菜を食べない気分の日なんだな」
そんなふうに「べき」を手放してみると、ママの心に少しだけゆとりの空白が生まれます。
すると不思議なことに、ママがニコニコと大らかに自分のご飯を食べている姿を見て、子どもが安心して自分からパクッと一口食べてくれることも多いのです。
「執着を手放す」というのは、決して子育てを放棄することや諦めることとは違います。

「絶対にこうじゃなきゃダメ!」と自分と子どもを追い詰めるのではなく、
「こんな日もあるよね」「この子なりのペースがあるよね」と、
お子さんの持っている力を信じてあげることです。
もし、子育て中に理由もなく急にイライラが爆発しそうになったら、深呼吸をして
「もしかして私、今『理想』に執着しているかな?」
と心の中でそっと問いかけてみてください。
それに気づけるだけで、不思議とスッと肩の力が抜けるはずです。 あなたはもう十分、立派に子育てをしています。
重たい「べき」の荷物はいったん横にドサッと置いて、どうぞ今日も、ご自身のやさしい笑顔を一番大切になさってくださいね。


