「どうしてお空は青いの?」
「なんで夜になると太陽はいなくなるの?」
「どうしてピーマンは食べなきゃいけないの?」
3歳から5歳くらいにかけてやってくる、終わりのない「なぜなぜ期」。
最初は「好奇心が育っているんだな」と嬉しくて丁寧に答えていても、夕方のご飯づくりで忙しいときや急いでいるときに質問攻めにされると、つい「そういうものなの!」「いま忙しいから後にして!」と適当に返してしまい、夜になってから自己嫌悪……。そんな経験はありませんか?
「親なんだから、きちんとした正しい答えを教えてあげなきゃ」
「私がめんどくさがって、子どもの知的な好奇心を潰してしまったらどうしよう」
真面目でやさしいママほど、スマホで大急ぎで答えを検索したり、「親としての上手な返し方」をプレッシャーに感じてしまいがちです。
でも、どうか安心してください。「親がすべての質問に正解を出す必要はない」のです。
ここで少し、育児書を横に置いて「哲学」の力を借りてみましょう。
古代ギリシャの有名な哲学者であるソクラテスは、「無知の知(むちのち)」という言葉を残しました。

これは「『自分は実は世界のことを何も知らないのだ』と素直に認めることこそが、本当の知恵や学びのスタートである」という考え方です。
彼は「自分はすべて分かっている」と知ったかぶりをするよりも、「分からない」と認めて面白がる姿勢こそがもっとも賢い状態だと考えたのです。
これを、子どもの「なぜなぜ期」にそっと当てはめてみましょう。
ママは、歩く図鑑やスマートフォンの検索エンジンのようにならなくてもいいのです。
お子さんに「どうして?」と聞かれたら、親子で一緒にソクラテスになってみませんか。
「ほんとだね、どうしてだろう? ママも分からないな。〇〇ちゃんはどう思う?」と、素直に「分からない」と降参して、質問をふんわりとお子さんにパスしてみるのです。
すると、重たかった「正解を出さなきゃ」というママの肩の荷がスッと下りるだけでなく、子どもは「えっとね、お空さんが青い絵の具でお絵かきしてるから!」と、自由でかわいらしい想像力をふくらませてくれます。

実は子どもは「科学的に正しい大人の答え」が知りたいわけではなく、自分が感じた「不思議だな」というワクワクする気持ちを、大好きなママとただ共有したいだけということも多いのです。
「親が正解を教え、子どもが教わる」という縦の関係を少しだけお休みして、「一緒に『不思議だね』と首をかしげる」横の関係へ。
それは、親子で楽しむ立派な「哲学の時間」です。 次に「どうしてどうして」の嵐がやってきて途方に暮れてしまったら、どうぞ笑顔で「ママも分からない!」と言ってみてください。
「分からない」は親としての失敗ではなく、お子さんの想像力を大きく広げる魔法の言葉です。今日からは無理に答えを探さず、お子さんと一緒に世界を不思議がる「小さな哲学者」になって、クスッと笑い合ってみてくださいね。

