「よその子と比べてしまう…」と焦るママへ。心がフッと軽くなる仏教のステキな言葉

子育て

「あの子、もうあんなにおしゃべりできるんだ」

「同じ月齢なのに、あんなに上手に遊具で遊んでる…」

児童館や公園にお出かけしたとき、つい同じくらいの年の子と我が子を見比べて、こっそりため息をついてしまうことはありませんか? 家に帰ってから、スマホで「2歳 喋らない」「〇歳 歩かない」と検索しては、モヤモヤした不安を抱えてしまう。子育てをしていると、そんな日は誰にでもやってきます。

「どうしてうちの子は遅いのかな」

「もしかして、私の育て方が良くなかったのかな」

頭では「他の子と比べちゃダメだ、この子はこの子だ」と分かっていても、

お子さんの将来を大切に想う愛情があるからこそ、

どうしても周りが気になって焦ってしまうのですよね。

そんなふうに自分を責めてしまうママの心は、とても苦しいものです。

そんな、つい周りと比べて心に余裕がなくなってしまったときに、思い出してほしい仏教の美しい言葉があります。

それは「桜梅桃李(おうばいとうり)」という言葉です。

漢字の通り、春に咲く四つの花、「桜(さくら)」「梅(うめ)」「桃(もも)」「李(すもも)」を表しています。

仏教では、「桜には桜の美しさがあり、梅には梅の香りがある。それぞれが自分以外になろうとせず、自分の持っている特長を最大限に生かして咲くことこそが尊い」と教えます。

梅の花が「どうして私は、桜みたいにひらひらと華やかに咲けないの!」と泣くことはありません。他と比べることなく、それぞれが、自分のペースで自分の花をただ精一杯に咲かせるのです。

これを子どもたちの成長に当てはめてみるとどうでしょう。

発達が早くて周りを驚かせる「梅」のような子もいれば、のんびりとおっとり育ち、後から見事な大輪を咲かせる「八重桜」のような子もいます。

元気いっぱいで走り回る子もいれば、ママの膝の上で静かに絵本を読むのが好きな子もいます。

それなのに大人が、「桜」であるよその子を見て、「桃」である我が子に「どうしてあなたも桜みたいにならないの!」と無理に変えようとしてしまったら、子どももママも、とっても悲しくなってしまいます。

お子さんには、お子さんにしかない素晴らしい「種」がもうすでに植わっています。

言葉がゆっくりなのは、周りをよく観察する思慮深さがあるからかもしれません。

人見知りでママから離れないのは、とても感受性が豊かで慎重な心を持っている証拠かもしれません。

もしまた、よその子と比べて焦る気持ちが湧いてきたら、心の中でそっと「桜梅桃李(おうばいとうり)」とつぶやいてみてください。 ママが焦って無理に蕾をこじ開けなくても大丈夫です。

たっぷり抱きしめて、ママのあたたかい笑顔という「お日様の光」を注いであげれば、お子さんは自分のいちばん良いタイミングで、必ず自分だけの素敵な花を咲かせますよ。どうぞ安心して、その開花を待っていてあげてくださいね。

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