カレンダーを見て、少しほっとしました。
八月も、あと十日ほどです。
そう思った自分に、ちょっとだけ後ろめたくなりました。早く終わってほしいと思うくらいには、この夏は長かったので。
1年で解散すると決まっている「青葉坂46」に、応募が殺到した
八月十八日、坂道シリーズに新しいグループができました。青葉坂46です。
変わっているのは、始まる前から終わりが決まっていること。
メンバーは一年だけ青葉坂46として活動し、そのあと乃木坂46・櫻坂46・日向坂46のどれかへ移っていきます。一年経てば、このグループは無くなります。名前の由来も「青葉のように、未完成で若いイメージ」だそうです。
「一年で解散します」は、普通なら伏せておきたい情報だと思います。
それを先に出したら、募集開始の直後から応募が殺到したと報じられました。
七百年ほど前、兼好法師が『徒然草』第七段にこう書いています。
「世は定めなきこそいみじけれ」(よはさだめなきこそいみじけれ)
露が消えず、煙が絶えず、いつまでも同じままなら、しみじみとした趣などありはしない。この世は定まらないからこそ、いい。そういう意味です。
「早く終わってほしい」と「もう戻らない」
夏休みも、終わりが決まっています。
始まる前から、あと何日かは分かっていました。分かっていて、それでも長い。
三食作って、水筒を洗って、プールバッグを干して。夕方には「もう無理」と思って、そのくせ夜には写真を見返している。
早く終わってほしい。
もう戻らない。
この二つは、同じ夏について同時に本当です。どちらかが嘘なわけではありません。
むしろ、片方だけなら嘘になります。
早く終わってほしいとだけ思っているなら、夜に写真は見返しません。もう戻らないとだけ思っているなら、夕方に「もう無理」とは言いません。
両方あるから、本当です。
終わりがあるから、耐える対象になります。そして終わりがあるから、二度と来ません。
今日ひとつだけ ——八月の残りに、予定を足さない
終わりが近づくと、詰め込みたくなります。
まだどこにも連れて行っていない。花火も見ていない。このままだと何もない夏になってしまう。そんなふうに思えてくる時期です。
でも青葉坂46の一年が濃いのは、一年に何かを詰め込むからではありません。終わりが決まっているからです。
だから今日は、ひとつだけ。
八月の残りに、新しい予定を足さない。
足さなくても、この夏はもう十分に濃くなっています。そうめんばかりだった夕食も、蝉を怖がった顔も、今年の夏にしかありません。
兼好は同じ第七段に、こうも書いています。夏の蝉は、春も秋も知らないままだ、と。
蝉が知っているのは、自分の季節だけです。それでもうるさいほどに鳴いて、夏のうちに終わります。
八月も、あと十日ほど。何も足さなくて、大丈夫です。


