「こうやるんだよ」と教えました。
そのとおりにはなりませんでした。まったく違う順番で、違うやり方で、子どもはそれをやっていました。
言い返しかけて、飲み込みました。
洗い物をしながら、ふと思い出しました。私が同じことをしたとき、母も同じ顔をしていた気がします。
亡くなった監督の願いを、俳優が継ぎました
昨日、俳優の菅田将暉さんが、映画『死の谷’95』で初めて監督を務めると発表されました。脚本と主演も兼ねます。
原作は、二〇二二年に亡くなった映画監督・青山真治さんの長編小説です。
青山監督は生前、この小説を菅田さん主演で映画化したいと望んでいたそうです。
発表されたのは九月七日。二人が組んだ『共喰い』が公開されたのが、二〇一三年の九月七日でした。十三年後の、同じ日です。
渡されたのは、袈裟と鉢だった
禅の言葉に「衣鉢を継ぐ(いはつをつぐ)」があります。
「衣」は袈裟、「鉢」は托鉢に使う器のこと。師が弟子に法を伝えるとき、その証としてこの二つを託しました。五祖弘忍から六祖慧能へ渡した話が、『六祖壇経(ろくそだんぎょう)』に伝わっています。
渡されたものを見てみます。
袈裟と、器。悟りそのものではありません。着るものと、食べ物をもらう入れもの。修行を続けるための道具です。
奥義でも、答えでもない。道具だけを渡している。
そして、衣鉢を受け取った慧能は、師と同じことをしませんでした。南のほうへ行って、別の禅を開いています。
道具は、渡した人と違う使い方をされる
冒頭の、違うやり方に戻ります。
私たちが子どもに渡そうとしているのは、たぶん完成品です。正しい順番、いい方法、こうすればうまくいくというやり方。
だから、そのとおりにされないと「伝わらなかった」と感じます。
でも、実際に渡っているのは道具のほうかもしれません。包丁の持ち方。あきらめる前にもう一回やってみる感じ。うまくいかないときの立て直し方。
道具は、渡した人と違う使い方をされます。慧能もそうでした。菅田さんも、青山監督と同じ映画は撮らないはずです。
それでも、継いだことになっています。
今日、ひとつだけ
今日ひとつだけ、してみてほしいことがあります。
子どもが自分と違うやり方をしていたら、直す前に、一度だけ最後まで見てみる。
途中で口を出さない、というだけです。うまくいかなかったら、そのとき言えばいい。
うまくいってしまうことも、たまにあります。そのときは少し悔しいのですが、道具が渡っていたということだと思います。
正しく教えられたかどうかは、たぶん確かめられません。確かめられるのは、その子が自分のやり方を持ったかどうかのほうです。
袈裟と器だけで、慧能は南へ行きました。
こちらが渡せるのは、そこまでです。あとは、持っていった人が決めます。


