面談室に呼ばれて、十五分で終わりました。
画面に表が映っています。目標の数字と、実際の数字。上から順に、達成、達成、未達。
「ここは来期の課題ということで」と言われて、席を立ちました。
去年の秋、辞めようかと思いながら辞めなかった月があります。あの表には、出す場所がありません。
見出しは「7連覇」。でも二局は負けています
九月九日、神奈川県秦野市。将棋の王位戦の第六局で、藤井聡太王位が伊藤匠二冠に勝ちました。四勝二敗での防衛で、七連覇です。
伊藤匠さんは、藤井さんと同学年です。
七番勝負のうち、二局は伊藤さんが勝っています。
ただ、見出しに入るのは「七連覇」のほうです。二勝した人の名前は、そこには入りません。
この言葉は、強い風のほうを褒めていません
『後漢書』に、こんな場面があります。
後漢の光武帝が河北を攻めたとき、従っていた者が次々に去っていきました。最後に残ったのは、王覇という男ひとりです。
そのとき光武帝が、王覇にこう言いました。
潁川より我に従う者は皆逝き、而して子独り留まる。努力せよ、疾風に勁草を知る
激しい風が吹いて、はじめて丈夫な草が見分けられる。疾風に勁草を知る(しっぷうにけいそうをしる)といいます。
この言葉は、強い風のほうを褒めていません。見ているのは、倒れなかった草のほうです。
記録に載らないことは、見た人しか知りません
王覇が残ったことは、『後漢書』に残りました。二千年ぶんも。
そして、それが残ったのは、光武帝が見ていたからです。
王覇が自分で「私は残りました」と書いたわけではありません。見ていた人が、声をかけて、書き留めた。それだけのことです。
あの面談室の表に戻ります。
並んでいたのは、達成したか、しなかったかです。あの月、誰が投げずにいたか。やはり、出す場所がありません。
でもそれは、表の作りがそうなっているというだけの話です。倒れなかったことが、無かったことになるわけではありません。
見ていた人だけが、知っています。
今日、ひとつだけ
今日ひとつだけ、してみてほしいことがあります。
「あのとき、よく持ちこたえてましたよね」と、誰かにひとこと言う。
上司でなくていいです。同僚でも、後輩でも、家族でもかまいません。結果が出た人ではなく、結果は出なかったけれど、いなくならなかった人に。
気の利いたことを言わなくて大丈夫です。光武帝も「努力せよ」としか言っていません。
その人の評価は、たぶん変わりません。でも、見ていた人がいたことは伝わります。
王位戦の記録には、これから先ずっと「四勝二敗」と残ります。
二のほうにも、人がいました。
上期の評価も、たぶん同じです。数字の裏に、書かれなかった月があります。

