この日曜日、十時に目的のお店に着いたときには、もう十五組ほどが待っていました。
山奥にあるのに、多くのお客さんが訪れるパンケーキの店です。家から片道二時間、家族四人で、山道をひたすら走ってきました。
甘いものは、前からあまり得意ではありません。それでも、そこから五十分待ちました。
一年前に聞いて、前の晩に決めた店
知り合いから、美味しいパンケーキの店があると聞いたのは、一年くらい前です。それから、行きたいと思っていました。
この日は、たまたま時間が空きました。行こうと決めたのは、前の日です。急な話でした。
パンケーキは、文句なしに美味しかったです。 そして、子どもたちと一緒に行けたのがよかった。
甘いものが得意でなくても、子どもと一緒だと、美味しく食べられます。
九歳の親鸞が詠んだと伝わる「明日ありと」の歌
こんな歌があります。
明日ありと 思ふ心の 仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは
(あすありと おもうこころの あだざくら よわにあらしの ふかぬものかは)
意味は、こうです。
明日もまだ咲いているだろう。そう思っている桜も、夜のうちに嵐が吹けば、散ってしまうかもしれない。
「あだ桜」は、散りやすい桜のこと。はかないもののたとえです。「仇」の字を書きますが、かたきという意味ではありません。
浄土真宗を開いた親鸞(しんらん)が、九歳で出家するときに詠んだと伝えられています。
親鸞が、出家の師となる慈円(じえん)を訪ねたのは、日が暮れてからだったといいます。
慈円は、式は日をあらためて行おうと勧めました。そのとき、この歌で志を伝えた。そういう話です。
古い伝記には、この歌は出てきません
ただ、この話には、確かめられないところがあります。
親鸞のひ孫にあたる覚如(かくにょ)が書いた伝記に、『御伝鈔』(ごでんしょう)があります。
九歳の春に、慈円のもとで出家したことは、ここに書かれています。けれど、この歌は出てきません。
辞典では、『親鸞聖人絵詞伝』という別の本に見える歌として紹介されています。親鸞の作と伝えられる歌、という扱いです。
本当に九歳の子が詠んだのかは、分かりません。この歌はいまも、浄土真宗や浄土宗のお寺の法話で取り上げられています。
明日でいいか、と思う夜は、九歳の子どもより、大人のほうに多いのだと思います。
うちの「嵐」は、子どもが育つ形で来ます
上の子は中学一年生になって、部活が始まりました。あと二年もすれば、高校受験です。
下の子は小学四年生です。ダンスとプールの習い事があって、土日でも時間がない日が多いです。
家族そろって動ける日は、残り少なくなってきている。そう感じています。
親鸞の歌の「嵐」は、うちの場合、災難の形では来ません。部活、受験、習い事。子どもが育っていく形で来ます。
止めたい嵐ではありません。むしろ、来てほしい嵐です。ただ、吹き始めると、家族四人で同じ桜を見に行ける日は、少しずつ減っていきます。
豊川悦司さんと山口智子さん、三十二年ぶりの再会
減っていくのは、これから出かけられる日のほうです。出かけた日は、減りません。こんなニュースがありました。
九月二十六日、映画『undo』と『PiCNiC』の4Kリマスター版の公開を記念した舞台あいさつで、俳優の豊川悦司さんと山口智子さんが再会しました。
一九九四年の『undo』でW主演して以来、三十二年ぶりだったそうです。山口さんは、二人でこう話していたと明かしています。
三十年ぶりなのに、三十分くらい前に会ったみたいだね
当時の撮影で寝なかったことを覚えていると、豊川さんは振り返っています。
三十二年たっても、三十分前。一緒に過ごした時間は、そういう近さで残ることがあります。
帰りの山道で、先週の話をしました
帰りも、山道をひたすら走りました。景色は、先週、両親と行った町に似ていました。
車の中では、夫婦で、先週の両親のことをゆっくり話せました。それも、よかったです。
家族で動ける時間は、店にいた時間だけではありませんでした。
「いつか」は、前の晩に決めていい
ひとつだけ、置いていきます。
「いつか行こう」と思っている場所があるなら、家族の予定がたまたま空いた日の前の晩に、「明日、行ってみようか」と言ってみてください。
準備が整うのを待っていると、「いつか」は、なかなか「明日」になりません。
歌が戒めているのは、当てにしている明日です。前の晩に決めた明日は、もう予定です。
うちも、決めたのは前の日でした。計画は、前の晩で間に合いました。十時に着いて、五十分待って、いい一日になりました。
甘いものは、いまも得意ではありません。
それでも、あの店のパンケーキは、文句なしに美味しかった。子どもたちと食べたからだと思います。
家族で動ける時間が限られてきたなかで、いい思い出がひとつできました。そういう一日に、感謝しています。

