引き継ぎ資料を送信して、フォルダを閉じました。
三年やった案件でした。最後のメールに「ありがとうございました」と書いて、送信ボタンを押す。それで終わりです。
次の会議は、十分後にあります。
一年の役を終えた俳優が見せたのは、娘が作ったうちわでした
俳優の池田鉄洋さんが、大河ドラマの出演終了を報告しました。織田家の重臣・丹羽長秀の役で、第一回から出ていた人です。九月十三日の放送で退場しました。
インスタグラムに載せていたのは、「丹羽長秀公 推しうちわ」。娘さんの手作りだそうです。
台詞合わせをしてくれたこと、毎回いっしょに放送を見てくれたことに、感謝を書いていました。
一年ぶんの仕事が終わって、出てきたのがうちわでした。
「一期一会」には、続きがあります
一期一会という言葉があります。茶会は、同じ顔ぶれでも二度と同じ会にはならない。だから一生に一度の出会いと思って、互いに誠意を尽くしなさい——という心構えです。
幕末の井伊直弼が、『茶湯一会集』という本の巻頭に置きました。
同じ本の末尾に、対になる言葉が置かれています。
独座観念(どくざかんねん)といいます。
客が帰ったあと、主人はすぐに片づけを始めません。ひとり茶室に戻って、釜の前に座る。あの人は今ごろどのあたりだろうか、と思いながら、今日の会は二度と返ってこないのだと、あらためて思う。
終わったことを、終わったと思う時間がない
三年やった案件は、送信ボタンを押した瞬間に終わりました。
次の会議が十分後にあって、その準備をして、終わったら別のメールが来ている。片づけながら、次を始めている。
直弼はこうも書いています。客が帰ったからといって、早々に音を立てて戸を閉めるのは、もってのほか。
茶室でいえば、客がまだ玄関を出たあたりで、こちらはもう戸を閉めていることになります。
悪いことをしているわけではありません。仕事はそう回っています。
ただ、終わったことが、終わったことになりません。積み残しのような感じだけが、どこかに残ります。
今日、ひとつだけ
今日ひとつだけ、やってみてほしいことがあります。
終わった仕事について、五分だけ座る。
反省会ではありません。改善点も出さなくていいです。
あの案件の最初の打ち合わせはどこだったか。誰が何を言っていたか。それくらいを、ぼんやり思い出すだけです。
直弼が書いているのも、そういう時間です。片づけの前に、釜の前に座る。それだけ。
終わったことを、終わったことにする時間が、たぶん要ります。
池田さんのうちわは、たぶん捨てられずに残ります。
一年ぶんの仕事の終わりに出てくるのが、そういうものだというのは、いいことだと思います。
次の会議まで、あと八分あります。


