夕食が終わると、下の子の茶碗にはご飯だけが残っています。
おかずを先に食べてしまうので、白いご飯だけを、あとからひとりで食べることになります。ご飯とおかずと汁物を順番に食べる「三角食べ」が、今日もできていません。
おかずの皿はきれいに空いていて、茶碗の中だけが白いままです。
「三角食べした方がいいよ」と言いました。前にも言ったことです。
大皿のおかずには、今日も気づいていませんでした。みんなが自分の小皿に取り分けていたのに、手をつけないまま食べ終わっています。
ちいかわの新作が、十月から止まります
テレビアニメの『ちいかわ』が、十月二日から新作の放送を一時休止します。
かわりに流れるのは、前に放送した回です。十二月二十五日まで、全部で二十五回。最初の日は、初期の人気回「ともだち/ドラ焼き」だそうです。
十月六日の週からは、「なんとかバニア」編などの続きものが、週替わりで流れるそうです。反響の大きかった回を、選んで並べています。
新作の再開は、来年一月の予定です。
映画は興行収入が百五十億円を超え、今年の首位と報じられています。その年の秋に、新しい話を作るのを止める。
休む理由は、発表されていません。
満ちた器は、傾けただけでこぼれます
『老子』は、二千年以上前の中国でまとめられた書物です。自然にまかせて、無理をしない。そういう考え方が全体に流れています。
その第九章は、こういう一文で始まります。
持してこれを盈たすは、その已むるに如かず。
器をいっぱいに満たしたまま持ち続けようとするより、ほどよいところで止めたほうがいい。 そういう意味です。
満ちた器は、少し傾いただけでこぼれます。持つ手のほうも、こぼさないように力が入り続けます。
そして、こぼれたものは、どれがどれだったのか、もう分かりません。
第九章はこのあと、財宝で蔵をいっぱいにしても守りきれない、という話へ続きます。人は放っておくと満たすほうへ向かう、という前提で書かれているように読めます。
ちいかわの休止を、この一文と並べて眺めることはできます。
言いたいことは、ひとつではありません
夕食の席で言いたいことを、並べてみます。
三角食べをする。大皿にも気づく。
鼻をかむときは、片手でティッシュを当てています。両手で持ったほうが通るのに、と思います。
どれも前に言ったことで、どれもまだ変わっていません。
三角食べは、保育園で習いました。いまは小学四年生です。それでも油断すると、周りを見ずに、自分のやり方で食べ始めます。
三つとも変わっていないと、何も育っていないように見えてきます。
ただ、それは三つを同時に見ているからかもしれません。三つ並べて見ると、どれか一つが少し動いていても、目に入りにくくなります。
ひとつずつなら、たいした量ではありません。ただ、全部を言おうとすると、器はすぐにいっぱいになります。 言うほうも、聞くほうも。
自転車のときは、ひとつでした
小さいころ、下の子は自転車を右足だけで漕いでいました。
右のペダルを上まで持ち上げて、右だけで踏み込む。それでも前には進みます。
上の子は、教えるとすぐにできた記憶があります。下の子は、右足だけで前に進める方法を、自分で見つけていました。それで進めるから、そればかり繰り返すのだと思っていました。
コロ付きの自転車に乗せて、並走しながら両足を持ちました。交互に持ち上げては踏み込ませて、回していく。それを本当に何度も繰り返しました。
教えていたのは、ペダルを回す、というひとつの動きでした。
夕食の席で言いたいことは、いまは三つも四つもあります。あのときは、ひとつでした。
ひとつだけだったから、何度でも同じことができたのかもしれません。
いつのまにか、回して漕げるようになっていました。 いつからだったのかは、分かりません。
「自己流」は、そのまま強さでもあります
三角食べも、自転車も、根は同じだと思っています。
一度自分でできたやり方を、引っ張る。 周りを見ずに、自分の流儀で進める。
それが三角食べやペダルに向くと、直すのに時間がかかります。
ただ、同じ性質が好きなものに向くと、話が変わります。ポケモンが大好きで、スイッチでずっと遊んでいます。好きなものを見つけると、自分のやり方で、圧倒的な集中力で進んでいきます。
周りに流されない、意志の強さがあります。
この性質を、いい方向に導くのが親の務めだと思っています。
導く先は、一度にひとつで足ります。自転車のときが、そうでした。
今日、ひとつだけ
今日ひとつだけ、やめてみてほしいことがあります。
言いたいことが三つあるなら、今日はひとつにする。
どれを残すかは、決めなくても構いません。いちばん気になるものでも、いちばん直りそうなものでも、今日たまたま目についたものでも。
残りの二つは、明日でも来週でも構いません。消えるわけではなく、後に回すだけです。
ひとつに絞ると、同じことを何度も言うことになります。それでいいと思います。
ひとつなら、言うほうも毎回同じ調子で言えます。聞くほうも、今日言われているのはこれだ、と分かります。
ひとつに絞っても、明日にはまた同じことを言っていると思います。それでも、三つを言い続けるより、同じ一つを言い続けるほうが続けられます。
ちいかわのリバイバル放送も、前の回をすべて流すわけではありません。反響の大きかったエピソードを、選んで流します。
繰り返すものを、選んでいるのです。
十月二日のちいかわは、「ともだち/ドラ焼き」だそうです。前にも一度、放送された回です。
新しくはありません。でも、流れないよりは、たぶんいい。
リバイバルは十二月二十五日まで。年が明けたら、新しい話がまた始まる予定です。
今夜の夕食も、ご飯が最後に残ると思います。大皿にも、たぶん気づきません。
自転車のペダルは、いつのまにか回っていました。三角食べも、たぶんいつかは、自然とそうなります。
今日は、三角食べだけにしておきます。

